日本の教育と心の健康

社会性がない、トラブルメーカーの新入社員

子どもが社会性を身につけるために、学校で人と関わり学び育つことは大切だと思う。でも教育で身につける社会性が無意味なルールや集団教育である限り、違和感を持てるからこそ学校に行く意味に悩む子がいたり、学校以外の場所を見つけても仕組みが同じで合わずに引きこもる子が出てくる。

自分に合わない環境に気づいて反応できる感性は、いいことではないか。

昔、同窓会のため帰国した。グループで楽しく話していた時に一人が「会社にいるトラブルメーカーの新入社員」について話し始めた。その子は若いのに気が利かなくて、若いのに上司に反対意見や会社のルールの疑問を投げかけ周りを凍りつかせ、若いのに自分の仕事が終わったらサッサと定時に帰ろうとして止められ、協調性がなく会社で浮いているそうだ。頭のいい子なのにツンとしてて扱いづらい、「社会性がない」と言っていた。

その他にもエピソードを聞いたが、私は心の中で何一つ同感できなかった。でも皆が「マジで?えー?」と驚いてる中で違うことを言えば、場の空気をシラけさせる。同調はしたくないけれど、ノリのような輪を壊すのが怖くて何も言えない。

私の身に付けた社会性ってこんなもんか…と悲しくなった。

そこで思い出した。私がこう考えるようになったのはアメリカで暮らすようになったからではなく、私はもともとこういう日本社会が合わなくて会社を辞めて渡米したんだと。

一方だけからの話だから想像になるけど、その新入社員は自分の軸を持っていて、疑問も持てていて、無理に合わせなくていい場面だってちゃんと分かっているのかもしれない。自分の心や健康のためにも。でも社会ではそれが普通ではないと扱われてしまう。

自分のいる環境の改善点が分かっていて、それを言葉にして意見できる子が、社会不適合者みたいに扱われて力を活かせなくなってしまう。個人の問題ではなくて環境の問題。社会の側に改善点がある。その土台になっている教育こそ変化していけることを願う。

私も、ノリのような輪を壊すのが怖くて何も言えない状況は、二度と繰り返さないようにしたい。