









心理カウンセリングの利用が身近な存在のアメリカでは、「カサンドラ症候群」という名前は専門家の間では知られていない。単に知られていないのではなく、専門家の異議があり広まらなかった。日本は「カサンドラ症候群」の名前が一人歩きし、その内容も「アスペルガー症候群が原因」という方向へ濃く進んでしまっている。それが被害者意識を生み出す結果になり、自分自身を知る行為や、根本的な原因を見つけて心をケアする必要性から遠ざけている。
お互いの中身を知る大切さ
自分の育った家庭環境を振り返ると同時に、夫の育った家庭環境も知るごとに「そもそも夫は発達障害ではないのかも」と気づかれていった方々が多かった。夫にも自分にも結婚前から抱えているトラウマや愛着の歪みあることを知り、そこを見て見ぬふりをして自己判断をしてしまった結果。
それは、日本の心理分野の遅れが原因。
日本は、人それぞれの考え方や感じ方や学び方の違いまでもが「障害」となり、パートナーと出会う前から抱えているであろう心の病やトラウマの症状までもが全部ひっくるめて「カサンドラ」となっている。個々の違いを統一する教育とメンタルヘルスへの理解が乏しい社会が合わさった結果、日本版アスペルガーとカサンドラが生み出され、いつの間にかペアで扱われるようになった。
もし幼少期に親との愛着がうまく形成されなかった場合は、現在のパートナーに共感や自分を分かって欲しい気持ちを過度に求めてしまい、それが満たされることがないためうつ状態になることもある。それをカサンドラだと感じる人もいる。
アスペルガーでなくても人の気持ちを汲み取るのが苦手な人はいる。幼少期に自分の辛い気持ちに寄り添われた経験がないために、他人の辛い気持ちにうまく寄り添えない場合もある。それをアスペルガーだと感じる人もいる。
常識やルールあふれる日本文化、男女格差の問題、育った家庭環境で育まれた心、教育で養った思考や行動パターン、それらもあらゆる人間関係に影響を及ぼしている。それらがすっぽり抜けているメディアや書籍で自己診断をすると、いとも簡単にアスペルガーっぽい特性やカサンドラっぽい状態に当てはまる。何らかの差別化をして全体を視野に入れてのケアが必要。
夫は育った家庭環境、私は日本人の国民性を知る
機能不全家族の特徴を見ると、私の育った家庭はそこまで当てはまっていない。(親子関係が良好だからといって、私の思考パターンや考え方の癖に改善点がないとは思わない)
しかし、自分の受けてきた日本の教育と重なる点が多すぎる。機能不全教育が存在していたのだ。私の見直した点は日本の教育で育った私↓

私は、日本の教育自体が機能不全だと思っている。大人の言われた通りにやることが当たり前で、自分の気持ちを育む機会がない教育指導を受けたのなら、人間関係の築き方に問題が出てきて当然。「体罰=しつけ」という時代でもあった。家庭環境や教育は大きく関わっているはず。
夫は家庭環境や両親の性格からくる自分自身への影響を自覚していったことが、夫婦関係の改善に役に立った。アスペルガーの特性をよくない方向へ加速させていた根本的な原因を知ることは大切だった↓

自分自身に向き合うことは、子供の頃の自分に向き合うこと
いろんな発達障害の本を読んできて今思うことだが、「お互いが自分自身に向き合う大切さ」という項目が存在してほしい。ここの情報が欠けているは非常に残念。知れたら、早期助かる人もいるだろう。自分自身に向き合うことは、子供の頃の自分に向き合うこと。
だって、夫との関係に本当に悩んで、死にたくなるくらい辛い思いをしてきたけれど…ちょっと変わっている夫に惹かれたのは私の心。
結局は、夫と似ていた。
結婚してから、全て自分が正しいと信じる夫の言動によって自己肯定感が低くなったのは事実だけど、もともと低かったとも思う。自分の軸をしっかり持てていたのなら、自分の気持ちを自分で肯定してあげることができていれば、自分のあり方が他人に影響されることはない。
だから、よく言われているプロセス「夫がアスペルガーかもしれないと分かったら、次は特性を理解しましょう!」は、ひどすぎ。自分自身が何者かを理解しないと、相手のことも理解するのに時間がかかってもっと苦しんでしまう。
夫にも向き合って改善してもらわないと困る深刻な問題はあったけれど、自分自身に向き合うことをせずに「ぜんぶ夫が悪い!」とサッサと離婚をしていたら、もし誰かと再婚しても同じような問題が浮上していただろう。
自分側が改善することでストレスも減った
私は夫婦の会話が「自分の思い通りにいかない」ことにイラつくことはもうなくなった。私が改善する点だったから。
「そういう物事の捉え方もあるんだな」と考えられるようになった。
理解しているという意味ではなく、夫と私には違いがあることを認めている。夫婦だから同じことを分かり合えるべき、理解し合うべきという「私の基準」は辞めた。
お互いの意見が合わない時は、中間点を(妥協点)を見つけていける「話し合いができる夫婦関係」を築いていった。


