さくらの気持ち

さくらは失敗したと言うけれど

夫に「さくらは失敗したと言うけれど、僕は上手に出来ていると思うよ」と言われることがとても多い。私からしたら全然ダメだと思うことが、夫からするとそんなことない。というか、私の完璧主義っぽさが自分自身に低評価を下してしまうのかもしれない。

だから夫が認めてくれると、自分では気づかなかった良い面を知れて嬉しくなる。そして本当に大失敗した時も、全部受け止めて頑張りを認めてくれる夫。私も周りにそう振る舞える人でありたい。その為にはまず自分に対してそうでありたい。自分で自分を認めるということ。

これ完璧主義”っぽい”と書いたのは、住む国によって自分の見られ方が全然異なるから。 日本に住んでいる時は自分は大雑把な性格だとずっと思っていた。周りからも細かいことは全然気にしなくて色々適当だと思われていた。でもアメリカで暮らすようになって、自分がよく分からなくなってきた。

あまりにも外国人が適当すぎるので、自分がキッチリを求める完璧主義だと他人から見られる場面が多く出てきた。事実、日本人は外国人からそういうイメージで見られている。私は当たり前のことをしているだけで、特別なことはしていないのに。

私が自分にも他人にも求めることは、外国人にとっては基準が高すぎるらしい。誰も気づかない細部にまで気を払って100%+を期待していることになるらしい。日本では求められる基準が高すぎて、それをクリアしても評価されなかったんだと思う。出来て当たり前だから。

だから自分以外にも、人を褒めるのが下手クソだとは思っている。物事や人の良い面を見つけるのも、夫や友達から学ぶことが多い。ゆっくりでいいから変化していきたいなとは思っていて意識している。でも日本に戻ると私はやっぱり、大雑把の適当な性格に見られるんだと思う。