日本の教育と心の健康

生きるための選択

この本を読む前は、最初から最後まで一字一句、北朝鮮は私の想像を絶するとんでもない国と感じると思っていた。事実そうだった。過酷で悲惨すぎる。でもヨンミさんが韓国へ逃れて、北朝鮮の教育を客観的に見られるようになった時の視点に、まさか自分自身が共感するとは予想していなかった。

私がアメリカの教育を受け始めた時に、日本の教育を客観的に見るようになった時の視点と同じだったから。北朝鮮の名前を伏せられていたら、私は日本のことかと思ってしまう。国民が信じる内容が全く違くとも、そこには同じ、国から教え込まれた集団心理の行き過ぎた結果が、日本社会にも存在していると思った。

私個人の自由な感情や考えも、日本の文化や教育の中で生まれたもの。日本の枠内での自由な感情と考え。その枠内で上手に生きていける人もいるだろうけれど、もし社会に対して疑問に思った時に、自分の国以外から人の生き方や知識を知ることは大切なんだと感じた。

”考えが深まり、視野が広くなり、感じ方も豊かになる。知識から幸せが得られる” ヨンミさんより

もうひとつ、アメリカに来て感謝するようになった事がある。

「日本に生まれたこと」

これがどれほど幸運なのか日本にいる時は知らなかった。生まれた国と時代の時点ですでに決まっていた運命があったとは。私はアメリカと日本、どちらの国にいても安全。職衣食住があり生きていける。万が一何かがあっても国が援助してくれる。政治について自由に発言できる。

アメリカに住んでいると難民や移民に多く出会う。せめて子どもだけには幸せになってほしいと断腸の思いで子どもだけ国境を渡らせたり、家族のために不法滞在をして仕事をする人が非難されているけれど、そうでもしないと生きるか死ぬかの国に生まれた人の立場を考えると心が非常に痛む。でも私は心から理解したことがない。恵まれすぎた生活をしてきたからできない。

だからといって、私が時折感じる悩みや辛い気持ちをちっぽけなものと否定はしたくない。自分の置かれた環境で精一杯生きてるのだと思う。ただ、当たり前にありすぎて忘れている幸せには気づかされるから、しっかりと自分に向き合うことも大切だと引き続き思う。

完全に自由になるには、過去の現実と向き合わなければならないから。

貧困や過酷な労働の中苦しんでいる子どもや大人、不本意に引き裂かれた家族、脱北した人達にはどう声をかけたら良いのか分からない。ただ、幸せになってほしい。いつか北朝鮮が大きく変わることを願っている。