さくらの気持ち

なぜあなたはアスペルガーの夫に惹かれたのですか?

さくらさん、結婚する前に夫のアスペルガー症候群が分かっていたら、結婚していましたか?

この質問、1年前インスタをやり始めたばかりの頃にたくさんいただいた質問です。

1年を通して自分の経験以外にも、他のカサンドラを乗り越えた方々の意見をたくさん聞いてきました。皆さん同じような過程を経て、同じような気づきをしたからこそ辛いカサンドラを抜けることができて、現在前向きな気持ちを持ち夫と暮らしていることを知れました。

なので、皆さんの意見も取り入れながら、今の私の気持ちをまとめてみようと思います。

結婚する前に夫のアスペルガー症候群が分かっていたら、結婚していましたか?

Sakura

この質問の答えは、結婚していたか、結婚していなかったか、という二択で答えているものではないと思います。

この質問で本当に注目しなければいけない視点というのは、相手をジャッジすることではなく、自分自身を知ることです。

なぜ自分はアスペルガーの夫に惹かれて結婚したのか?

なぜ付き合っている時に夫の偏りに気づけなかったのか?むしろなぜそこに好意を持ったのか?

他の人から見たらあまり良くない夫の言動も、なぜ自分はそう思わずに容認していたのか?むしろ問題行動を助けていたのか?

ここを知らないと、もし今のアスペルガーの夫と結婚していなくて、他の人と結婚していても、その他の人も似たような人だった可能性があって、今と同じような心境を訴えていたかもしれません。

自分のことを知らないと、再婚しても似たような人を選ぶ可能性があります。逆にいうと、いつも自分に好意を持ってくれる相手は今の夫に似たような人かもしれません。

または、どんな人と結婚しても相手への不満は出てきて、幸せを感じられずに生きてしまうかもしれません。

よく「アスペルガーの夫が結婚後豹変した!」と聞きますよね。付き合っている時は優しかったのに、結婚した直後に冷たくなって全然違う人間になった、という声は私のフォロワーさんからも聞いてきました。

私も結婚後、夫の変化にかなり困惑していました。なんであんなにおしゃべりで優しかったのに、一緒に暮らし始めた途端、無口で冷たい人になったのかな…。ここの夫の気持ちはこちらに書いてあります↓

僕は結婚後豹変したのか?

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なぜ自分はアスペルガーの夫に惹かれて結婚したのか?

自分と似たような人間だったんだと思います。

自分もアスペルガーとかADHDだったとかそういう意味ではなくて。そういう方々もフォロワーさんの中には実際にいました。

なぜ自分は〜を逆に考えると、自分だって夫に好かれて夫から選ばれているんです。問題だらけだった夫は、私という人間を選んだのです。偶然ではないです。

結局、人は似た者同士と結婚するというし、本当にそうだと思います。例えば、全く違う家庭環境で育って、全く違う価値観の人って、なかなか合わない傾向はありますよね。

それよりかは「この人とは不思議と相性がいいな〜」という一緒の「何か」を持っている人に安心して、自然に惹かれていくんだと思います。

その何かというのが、もしかしたら自分自身の偏りでもあると思います。

ここが、カサンドラになる前から、結婚前から抱えている自分自身の心の問題と言われている部分だと思います。

親子関係で満たされなかった欲求を夫に強く求めていて、自ら孤独や自己否定を招いていました。

事実、夫には共感が欠けています。心が引き裂かれるような思いになることがたくさんあります。

しかし、私が共感を求めすぎる承認欲求が強すぎることにも気づきました。夫にばかり求めていたのは、自己肯定感の低さからきていると思います。

夫が向き合ってくれないとばかり不満に思っていましたが、相手ばかりを変えようとしてしまう自分にまず向き合いたいと思えました。

こんなネガティブで否定的な自分を脱出して、変わりたいと思いました。

私の思ってる夫になって欲しいと伝え過ぎていた事、その伝え方も自分が正しいんだという思いから強くなっていた事に気付きました。

最初はもちろん夫の無神経な言動から始まった事でも、夫をどうにかしようとするんじゃなく、「大事なのは私の気持ちに最初から向き合うこと」だったんだなと気付けました。夫の問題だなと思う事も私が考える問題ではなく、それは夫自身の問題で、そこを無理矢理変えようとするから自分が辛くなっていったんだと思います。

″私の理想の夫″にこだわっていたら、夫の努力にも気付けないですもんね。自分自身に向き合えたことで前の自分より今の自分の方が好きになれました。夫に感謝しないとです。

私の自己肯定感の低さ、イライラしやすく相手を変えようとする性格から夫の行動を自分にとって理不尽と決めつけ、勝手に悲劇のヒロインに仕立て上げてしまっていました。

そして、私の夫はアスペルガーではないと思います。

子供を産んでからその特性はより強く出ていると思います。でも分かっていてもなかなか自分の暴走を止められません。夫は冷静に、その言い分はおかしい、被害妄想が過ぎる、と辛抱強く私に付き合ってくれています。

他人に流される人ではないので、それが救いです。自分を変えなくてはと本を読んだり、さくらさんのような投稿者を見て考え方を勉強したりしています。

アダルトチルドレンについても勉強してみたいと思います。気づきをありがとうございました。

なぜ付き合っている時に夫の偏りに気づけなかったのか?むしろなぜそこに好意を持ったのか?

自分にも偏りがあったからです。

カサンドラになって、自分自身と向き合う必要性の機会がなかったら、この自分の偏りには一生気づけなかったと思います。

「付き合っている時は夫が演技していたから別人だった。騙されて結婚した!」という声もたまに聞くんですけど…やっぱり相手と自分は似たよう部分があったから気づけなかった、に繋がると思います。

相手が自分を騙してまで結婚するメリットはないと思うので、そこは素直に二人の間に「深い愛情」があったから結婚に至ったと思います。

結婚とはそういうものだと信じたいです。

Sakura

私は、夫と自分は正反対だったからこそ心惹かれたつもりだったのですが、結局は私達、似ていました😅

「あれ?なんかおかしい?」なんとなく、気づいてはいたのかな。

あと演技といっても、みんな好きな人に好かれようと多少演技はすると思います。

皆さん今の旦那さんと恋愛して、まあまあ長い時間を過ごしてから結婚を決意した人が多いと思います。でも、どんなに演技をされて素敵な人を装られても、完璧な演技ではなかったんじゃないかなと思います。

まあまあ長い時間を過ごしていたら、どこかに隙、本当の夫の姿が見え隠れしていたと思います。

「あれ?なんかおかしい?」みたいに考えさせられる結婚前の問題発言や行動は今振り返るとあったんじゃないかな。そこに気づいていたと思います。

そして容認していたと思います。

私は多々覚えています。でも自分にも偏りがあったから、それを夫に、当時の彼に「それなんか違うと思うよ?」と言えるほど、自分の考えに自信がなかったです。

そういう彼に好意を持ったのは、しっかりとした自分の考えがなかったから…自分軸がブレブレだったからなのかな。逆にいうと、自分自身の偏りに向き合えた後だったら、付き合っている段階で「この人とは価値観が違うな」とだんだんと気づいて合わなくなっていったのかもしれませんね(苦笑)

国際結婚だと「文化の違いかな?」と容認しすぎてしまう部分も

国際結婚をした方々からも意見をいただいて、分かるな~と思ったことがあります。

多少合わないところがあっても「文化の違い」と思ってしまう部分はあると思います。当たり前ですよね。育った家庭ではなくて、国が違うので、常識もだいぶ違います。

宗教なんかも関わってくるともっとそういうのはありますよね。違いを受け入れる場面は、日本人と付き合うよりは遥かにたくさんあると思います。

私のブログやインスタをずっと見てくださっている方は、アランが家族と共依存関係だったことが深刻な金銭トラブルに繋がってしまったことはご存知だと思うのですが、アランと家族との関係が「何かちょっと気になるな」とは、結婚前からもちろん私は気づいていました。

でも、アメリカの家族は日本の家族の形と比べて、大人になってからも距離が近いと思うんです。日本だとすぐにマザコンとか言われてしまうことも、アメリカではそんなことなかったりします。

親とのコミュニケーションは多いと思うし、家族とハグしたり頬にキスもするし、クリスマスとかも日本は恋人と過ごすイベントでも、アメリカは家族で過ごします。

私がアランと両親の関係に対して疑問に思っていたことは、まあ、家族が仲が良いことはいいことだし、これが海外の家族では普通なのかなとは思うようにしていました。ここは、やっぱり国の違いで気づけないところでした。

私自身の軸が父親に傾いていたこと、ごまかしていた記憶や気持ち、「父親が気にいる夫」を押し付けようとしていたこと等…ずっと前から気づいていたのに見て見ぬ振りをしていたことを、認めることができました。自分に向き合ってその部分を冷静に考えたら、「父親と正反対の人」を自分自身で選んでいた事に気づきました。

正直に言うと、結婚前に自己分析が出来ていたら夫を選んでいないかもしれません。自分の目を瞑りたい部分に向き合い始めてから、夫に対しても冷静に、前よりも優しさを持って接することが出来ています。私が感じていた「夫のいいところ」も、再認識することができました。まだ何も解決はしていませんが、さくらさんも仰るとおり、自分に向き合うことの大切さを実感できました。

コロナの影響でまだ先になりそうですが、きちんと医師や心理士さんに頼って、私達夫婦に合った暮らし方を見つけていきたいです!

いつも誰かに与えてもらう期待ばかりをしていて、夫と共依存関係になっていると思います。自分の育ってきた家庭環境があまり良くなかったので、完璧な家庭像が自分の中にあり、その理想を夫に押し付けているのも原因だと分かりました。

相手から与えられる幸せで自分の価値が決まっていて、そしてそれが満たされることはないと気づきました。今までずっと、自分に向き合うより夫のせいにした方が楽でしたが、それではいつまでたっても苦しみからは抜け出せないと分かりました。

私はなぜいつも相手の行動ばかりを変えようとして、自分では状況を変えることができないのか、自分の過去をしっかりと見つけ直し、今こそ向き合うべきだと決心しました。自分がどうしたいか、私が楽な生き方ではなく子供は本当はどうしたいか、きちんと自分軸を持てる母になりたい、変わりたいと思います。

旦那のことを考えるうちにふと思った。旦那がASDかどうかは、最終的に関係無くなる気がしてる。大事なのは自分と向き合うことが出来るかどうか。自分はどんなふうに育って、過去の経験からどんな傷を心に抱えているのか。それによって、外部からの言動を受けた時、それに自分がどういう傾向の意味づけをしてるのか知ること。自分はどうしたいか。なんだか少し何かのしっぽを掴んだ気分。

他の人から見たらあまり良くない夫の言動も、なぜ自分はそう思わずに容認していたのか?むしろ問題行動を助けていたのか?

私は両親が共働きて、親にあまり構ってもらえない子供でした。親に振り向いてもらおうと、親から要求を受けると嬉しくてそれに懸命に答え続けました。そして代わりに愛情を得ていました。愛する人から愛情を得る方法は、相手の要求を受け入れることだと学んでいきました。

夫の育った家庭環境も複雑でした。私達の夫婦関係は、夫の要求を受け入れることで、私が自分の価値を見出していて、逆に夫は、私に要求を叶えてもらえることで自分の価値を見出していました。

自分達の問題には気づけず、お互いの心の凸凹を、悪いやり方で二人で補い合ってしまっていました。

夫の育った家庭は、父親がアスペルガーの疑いがあり、両親の仲があまり良くない家庭環境で育ってきました。

私はごく普通の仲良しよりの両親でしたが、母親が過干渉で、なんでも先回りをしてやってしまう人でした。私は自分の気持ちを尊重するより、親が褒めてくれることを気にしながら育ってきました。ということに今になって気づきました。

今でも些細なことでも親には迷惑がかけられないからと親の前では我慢しがちになります。私達が結婚したのも、少し子供っぽい夫に、なんでも先回りしてやってあげる母とそっくりな私は相性が良かったんだと思います。

夫のせいにするのは簡単です。自分自身に向き合う必要がないので楽だからです。

この人と結婚したから自分は幸せなになれなかったんだ、この人が自分を幸せにできないんだ、そう思っている間はずっと幸せになれないかもしれません。

自分の人生をどうしたいか、自分の幸せを切り開けるのは自分しかいないと思います。「他人軸」を「自分軸」に戻して生きると、少し楽になるかもしれません。

相手に問題がある場合、責める要素はいくらでもあると思います。でもそんな所に惹かれてしまった自分自身を知ることは、もっともっと大切だと思います。自分のことって、案外自分でもよく分かっていないのかもしれません。「無意識」ですから。

夫がアスペルガーじゃなかったら幸せだったはず、環境が違かったら幸せだったはず、〇〇だったら幸せになれたはずなのに…

そのような考えのままだったら、どんな人と結婚してもどんなに恵まれた環境にいても、その現状に満足せず、不満があり、幸せに気づくことも満たされることも延々とないんだろうなと思います。

だからこそ、様々な感情を持って生きてきた自分の心と現在の行動の関係性を知る機会を持つと、辛い状況を招いている原因を1つでも知るきっかけになるかもしれません。

Sakura

皆さん恋愛して今の旦那さんと結婚したと思います。付き合っている時、楽しかったですよね?

私は付き合っていくうちに、この人と結婚したいなって思っていました。一緒にいてすごく楽しかったです。相性は合うんです。

結婚して、悲しくて辛い思いをしたし、離婚危機とかいろいろあったれけど、今思うのは、やっぱり夫と結婚して良かったなと思っています!

夫との出会いは、自分自身の取り組むべき課題に気づかせてくれるくれる出会いだったと思う。

自分達がそれぞれ抱えている問題を投げやりにして、お互い相手のせいにして離婚しなくて良かったです。夫と人生を共にしたいと思った私の気持ちは正しかったんだなって思います。